Q.私は交通事故の被害に遭い,脳に大けがを負いました。とても大きなけがだったので,治療に1年以上を要し,その後主治医から「もうこれ以上の快復は見込めない。」として症状固定の判断を受けました。それから,後遺障害認定を受けるための手続をやり,後遺障害等級は認められ,ようやく私の受けた損害額が全部でいくらかという計算ができました。その計算を基に保険会社と示談交渉をしていますが,金額が大きいのでなかなか折り合いがつかず,現在に至っています。これらの作業に時間がかかり,交通事故発生の日から既に3年6ヶ月ほど経過していますが,先日人づてに「交通事故の損害賠償の権利は3年たったら法律上なくなってしまうらしい。」という話を聞き,たいへん驚きました。私は,すでに損害賠償の権利を失ってしまったのでしょうか。
交通事故の損害賠償の権利は,確かに3年でなくなるのが法律の原則です。これは,不法行為(交通事故を含む法律上の広い概念で,民法709条で規定)に基づく損害賠償請求は3年の消滅時効にかかると民法724条で定められているからです(ただし民法改正で変更になる予定)。
ただ,3年という期間のスタートはどこから始まるのか,という点はケースバイケースであり,いろいろな事案で複雑困難な問題を引き起こすこともあるのですが,本件のような交通事故による傷害で後遺障害が残ったというケースでは,症状固定と診察されたタイミングから3年がスタートする,という考え方が実務では一般的です。
なので,本件では,症状固定と診察されたタイミングからはまだ3年は経過していないので,損害賠償の権利は消滅していないということになります。
また,事案によっては,交通事故による傷害で症状固定になって後遺障害が残ったというのではなく,時間をかけて完治することができたということもあり得ますが,この場合も完治と診察されたタイミングから3年がスタートするという考え方が一般的です。
なぜこのように交通事故の発生日をスタートとするのではなく,症状固定と診断あるいは完治と診断された日からスタートとするのかというと,人身傷害に関する損害額は症状固定又は完治にならないと計算ができないからです。
同様に,不幸にも死亡事故であったときは,死亡日がスタートとなります。
人身傷害が発生していない事故,つまり自動車のキズ等だけの物損事故のときは,理論上は交通事故の発生日からすぐに損害額を計算することができるということになるので,このときは交通事故の発生日から3年がスタートするというのが原則です。
他にも,ひき逃げ事故などのため加害者が誰なのか,被害者にとっては知り得ないという状況が起こることもありますが,こういう場合はそもそも加害者が誰なのかということが判明して初めて,3年の期間がスタートする形になります。
次に注意が必要なのが,被害者にとって症状固定した(又は完治した)と考える時期と,加害者及びその保険会社にとって症状固定した(又は完治した)と考える時期とは,常に一致するとは限らず,その点で食い違いが生じた結果,予期せぬ時期に消滅時効が完成した,という反論が加害者及びその保険会社側から出されることもあるという点です。
分かりやすく具体例をあげると,被害者としてはまだ傷害が完治しておらず,治療を継続したいが,保険会社からは既に症状固定になったと判断され,治療費の保険対応が打ち切られたとします(これをX時点とします。)。その後,被害者は自己負担で治療を続け,その1年後に被害者自身も症状固定と判断し(これをY時点とします。),後遺障害申請を行いました。その後紆余曲折を経て,X時点から3年1ヶ月経ったという時点で(Y時点からはまだ2年1ヶ月。)被害者が加害者を相手どって損害賠償請求訴訟を提起した場合,加害者からは既に消滅時効の3年が経過したという反論が出され,最終的に裁判官もその主張を受け入れ消滅時効の完成という結論を導き出す可能性は,あり得ます。
したがって,加害者との間で症状固定の時期が一致しないことが予想されるケースや,そもそも3年の期間が満了に近いというケースでは,消滅時効の完成を確実に避ける意味で,時効中断措置をとっておくのが賢明です。
時効中断措置にはいくつかの方法がありますが,典型的なものは民事訴訟を提起することです。他に,被害者の方が独力で行う意味で比較的簡便と思われるのは,民事調停の申し立てをするというのもあります。もちろん,民事訴訟も弁護士に依頼をせずに独力でやることは禁止されてはいません。
以上のとおり,消滅時効期間の完成が争点になる可能性があるときは,専門家たる弁護士のアドバイスを受けることをお勧めします。当事務所は,豊富な交通事故事案の解決実績がありますので,お気軽にご相談いただければ幸いです。
※以上の話は,損害賠償請求の消滅時効に関する話であり,20年の除斥期間の話,及び自賠責保険の保険金請求の話は,また別になります。