Q19 被害者側の過失

Q.私は5歳になる孫がいます。先日,私が孫を連れて公園に行こうとしたところ,少し私が目を離した間に孫が道路に飛び出してしまい,交通事故に遭ってしまいました。孫は怪我を負い,現在も病院に通院を続けています。加害者が加入していた保険会社と損害賠償の協議をしていますが,保険会社からは,孫から目を離した私の過失が大きいので相当の過失相殺が適用されるケースであると言われています。確かに不注意だったと思いますが,私の過失を根拠に過失相殺が適用されるというのは,法律的に正しい主張なのでしょうか。

 

 過失相殺の割合は,交通事故の直接の当事者(加害者と被害者)の不注意,落ち度を基にして決まるのが原則です。しかし,例外がありますので,以下で詳述します。

 まず本件のような幼い子どもは,交通事故に遭ったことについて何らかの不注意,落ち度があると問えるものかという点を考える必要があります。なぜなら,幼い子どもは当然道路交通法を理解していないし,何が危険な行動で何に気をつけなければならないかの分別を備えていないからです。

 この点について,最高裁まで争われた事案がありますが,最高裁は「被害者たる未成年の過失をしんしゃくする場合においても,未成年者に事理を弁別するに足る知能が具わっていれば足り,未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合にごとく,行為の責任を弁識するに足る知能が具わっていることを要しない。」と述べました。これはつまり,未成年者が加害者となった場合にその責任を問うために求められる知能のレベルと,被害者となった場合に過失相殺を適用するために求められる知能のレベルとでは差異があり,前者の方がより高度な知能が必要であるとしましたが,過失相殺を適用するためには「事理を弁別するに足る知能」までは必要である,ということです。

 この観点からすると,本件の5歳という年齢は,まだ事理を弁別するに足りる程度とは言えないという帰結になる可能性が高いです。

 そうだとすると,5歳の子どもに対しては不注意,落ち度を指摘して過失相殺を適用することはできず,加害者は100%の損害賠償義務を余儀なくされることになりますが,しかし本件にように子どもを見守るべき保護者の不注意で交通事故が惹起されたときに,加害者が100%の責任を負わされるというのは公平に欠けると言えます。その点がまさに争われた事案もあり,最終的に最高裁は「民法722条にいわゆる過失とは単に被害者本人の過失のみでなく,ひろく被害者側の過失を包含する趣旨と解するを相当とする。」と述べ,被害者側の過失という概念を承認しました。

 そして,被害者側の過失が考慮される範囲を画する限度をどこに置くかという点については,最高裁は「被害者側の過失とは,被害者本人と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいう。」と定義しました。

 ただし,この「身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係」という定義は,一義的に明確な基準とは言えないので,実際の事案ごとにこの定義にあてはまると言えるか否かを検討する必要があります。

 本件のように,祖父と孫という関係だけではこの定義にあてはまるともあてはまらないとも言えず,他のプラスαの要素の有無も考えなければならないでしょう。例えば,普段から同居している孫なのか,同居はしていないけれども近所に住んでいてほぼ毎日接している孫なのか,1年に1度だけ里帰りしたときに会う孫なのか,という点によって,結論は変わってくるでしょう。

 それゆえ,保険会社との示談交渉でも,被害者側の過失が争点になったときは,専門家たる弁護士のアドバイスを受けることをお勧めします。当事務所は,豊富な交通事故事案の解決実績がありますので,お気軽にご相談いただければ幸いです。