Q12 企業損害の賠償を請求できるか

Q.私は以前から薬剤師として薬局を営んでいましたが,数年前に法人化して,私が代表取締役を務める会社で現在は薬局を経営している形です。先日,私は交通事故に遭い,その怪我のせいで数箇月間入院することになり,入院期間中は薬局を休業せざるを得なくなりました。休業中に得られなかった売上減少分は,加害者に賠償してもらえるのでしょうか。

 

 設問のような事案の相談は意外に多くあり,このように交通事故に起因して企業に生じた損害を俗に「企業損害」と呼びます。企業損害としては,設問のように得られるはずの売上が損なわれたというものだけではなく,逆に企業の事業を維持継続するために臨時的に発生した余分なコスト(外注費用,臨時雇用人件費など)もあり,いろいろなケースが考えられます。

 かかる企業損害を,交通事故の加害者に賠償請求できるかという点については,原則的に「できない」という回答になります。なぜなら,交通事故の被害に遭ったのはあくまでも「個人」であり,この「個人」に発生した損害のうち,当該交通事故と相当因果関係のあるものについては加害者が賠償責任を負うのですが,「法人」はあくまでも法律上「個人」とは別の権利帰属主体として扱われるため,「法人」の損害は「個人」の損害とは峻別されるからです。

 しかしながら,ごく限られたケースでは,例外的に賠償請求が認められることもあります。その裁判例のうち,リーディング・ケースとされているのが,最高裁の昭和43年11月15日判決です。この判決の重要部分を,少し長いですがそのまま抜粋いたします。

 「Aは,もと個人で●●薬局(筆者が修正)という商号のもとに薬種業を営んでいたのを,いつたん合資会社組織に改めた後これを解散し,その後ふたたび個人で●●(筆者が修正)という商号のもとに営業を続けたが,納税上個人企業による経営は不利であるということから,昭和三三年一〇月一日有限会社形態の被上告会社を設立し,以後これを経営したものであるが,社員はAとその妻Bの両名だけで,Aが唯一の取締役であると同時に,法律上当然に被上告会社を代表する取締役であつて,Bは名目上の社員であるにとどまり,取締役ではなく,被上告会社にはA以外に薬剤師はおらず,被上告会社は,いわば形式上有限会社という法形態をとつたにとどまる,実質上A個人の営業であつて,Aを離れて被上告会社の存続は考えることができず,被上告会社にとつて,同人は余人をもつて代えることのできない不可欠の存在である,というのである。

  すなわち,これを約言すれば,被上告会社は法人とは名ばかりの,俗にいう個人会社であり,その実権は従前同様A個人に集中して,同人には被上告会社の機関としての代替性がなく,経済的に同人と被上告会社とは一体をなす関係にあるものと認められるのであつて,かかる原審認定の事実関係のもとにおいては,原審が,上告人のAに対する加害行為と同人の受傷による被上告会社の利益の逸失との間に相当因果関係の存することを認め,形式上間接の被害者たる被上告会社の本訴請求を認容しうべきものとした判断は,正当である。」

 この判決は,結論として企業損害の賠償請求を肯定しており,そのための必要的要素として,@代表者への実権集中,A代表者の非代替性,B会社と代表者の経済的一体性,を充足するべきことを指摘しています。そしてこの最高裁判決以降は,下級審判決(地裁・高裁の裁判官の判決のこと)も企業損害の賠償請求を肯定するか否定するかにつき,上記@〜Bの枠組に基づき,判断するようになりました。

 そこで,上記@〜Bの要素について,説明いたします。

 まず前提として,被害に遭った個人が会社の「代表者」でなければ,企業損害を認めてもらうのは極めて困難と考えられます。その個人が「代表者」ではなく,「役員」や「従業員」に過ぎないとしたら,たとえその個人が会社にとって必要欠くべからざる重要な人材だったとしても,ほとんどの裁判例では企業損害を否定しています。

 次に@Aの要素を検討するには,例えば,代表者が実際に行っている業務内容,代表者が握っている権限の内容や大きさ,その企業の金額的規模(資本金や売上高等)及び人的規模(役員の数や従業員の数等)に着目することが必要です。

 次にBの要素については,例えば,その企業の資本金・出資金・株式等のうち代表者がどれほどの割合を占めているか,その企業が事業に用いる財産と代表者の個人的財産とが混同していないか,といった点に着目することが必要です。

 以上のような具体的事実に着目した上で,@〜Bの要素を総合考慮した結果,これらの要素を充足する度合いが強いと認められるならば,裁判所においても企業損害の賠償が肯定される可能性があります。

 なお,最後になりますが,これまで述べてきたとおり,企業損害の賠償が肯定されるか否かは,細かな事実をいくつも積み重ねて検討した上で決まる事柄であり,裁判例も微妙な判断に分かれているという,なかなか困難な問題です。ですので,保険会社と示談交渉をしている段階では,残念ながら保険会社としても企業損害を支払いますという対応はほぼ望めないので,法的手続を起こさなければならない可能性が高いと思われます。