Q9 交通事故による損害賠償額の算定に際して,被害者の体質や体型等を考慮すべきか

Q.私は70歳代の高齢者ですが,先日交通事故に遭って骨折し,病院で治療を受けています。その治療費やその他慰謝料などを加害者に賠償してもらいたいのですが,加害者の言い分は「被害者が高齢で骨がもともと弱くなっていたから,軽微な事故なのに骨折になった。損害賠償額の算定にあたっては,そのことを考慮して実際に発生した治療費などから割り引いて考えないと,不公平である。」と言っているそうです。そのように,被害者の身体に存在する体質や体型などを理由にして損害賠償額が割り引かれることはあるのでしょうか。

 

 ご質問への回答として結論を先に述べると,被害者の身体に存在する体質や体型などが原因となって,通常想定される損害よりも大きな損害が発生した場合に,その損害賠償額が割り引かれるということは,全くないわけではありません。このような減額がされることを法律用語で「素因減額」といいます。しかし,素因減額はそれほど簡単に認められるものではありません。

 そもそも,交通事故に限らず損害賠償責任が問題になる事案一般では,「過失相殺」という概念があります。これは,被害者が損害を受けた過程において,被害者の方にも何かしら落ち度があった場合には,その被害者の過失と加害者の過失とを数字の割合に引き直して,被害者の過失に見合う損害額を減額する,という取扱いです。交通事故の例ですと,被害者の方にも一時停止をしなかった過失とか,前方不注意の過失があるなどを理由にして,被害者の過失が1割あるからその1割分減額する,などのように処理されます。この過失相殺は,交通事故の事案ではよくある話です(もちろん加害者が10割悪くて被害者の落ち度は0という事案もありますが。)。

 我が国の最高裁判所は,この過失相殺の規程を類推適用して,被害者の素因を理由にした減額があり得ることを認めています。その先駆けとなった判例が,昭和63年4月21日の最高裁判決ですが,その中で「その損害が加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,裁判所は,損害賠償の額を定めるにあたり,民法722条2項の過失相殺の規程を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる」と述べました。なお,この文言から明らかなとおり,この最高裁判例では肉体的な素因よりも心因的な素因(通常人とは異なる特異な性格や気質など)に基づく減額があるかないかが争われた事案でした。最高裁は,肉体的な素因と心因的な素因の両方による素因減額の可能性を肯定しています。また,被害者が交通事故以前より何らかの既往症があったとか,現在も治療中の疾患があるという場合にも,素因減額の可能性があります。

 ただし,肉体的な素因と心因的な素因の話は,一緒くたには論じられませんので,本日の記事は肉体的な素因の話の,とりわけ疾患・既往症を除外した体質や体型の話のみに限定して述べることとし,その他の素因の話は別の日に改めることとします。

 話が少し逸れたので戻しますと,最高裁の別の判例では,平均的体格よりも首が長くて多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴を有した被害者が,事故によってむち打ち症を患ったという事案において,原審は素因減額を4割認めるという結論だったのに対し,最高裁は素因減額を認めないという結論を出しました。その判決文の中で「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情の存しない限り,被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし,人の体格ないし体質は,すべての人が均一同質なものということはできないものであり,極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が,転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。」と述べています。

 ここから読み取れることは,被害者に特殊な身体的特徴がある場合でも,@それは疾患ではなく,かつAそれは通常人の平均値から著しくかけ離れており,日常生活でも通常人より慎重な行動をとるべきであると言えるケースではない,のであれば,個々人の個体差の範囲内のものとして許容される,という考え方です。

 ただし,その身体的特徴が疾患であるか否か,または日常生活でもより慎重な行動をとるべきであると言えるケースか否かの判断は,微妙であることもあります。ですので,加害者の方から素因減額を主張された場合には,弁護士に相談することをお勧めします。

 最後に,ご質問の事案では,高齢化のために骨が弱くなっていたことを素因減額の理由として主張されているということですが,高齢化のために骨が弱くなるという現象はほぼ全ての人間に当てはまる普遍的現象と言えるので,上記@Aの基準に照らして,裁判所が素因減額を肯定することはないと考えられます。