Q5 交通事故による怪我の治療に際して健康保険を使えるか

Q.交通事故による怪我の治療では、健康保険は使えないというのは本当でしょうか。

 

 結論から言いますと、「交通事故による怪我の治療では、健康保険は使えない。」というのは誤りです。健康保険を使って治療を受けることは、可能です。

 にもかかわらず、実際の医療現場では、このように患者に説明する病院は意外とあるようです。その背景には、その説明をした人が単純に誤解しているだけのこともあるでしょうが、誤りであることを認識しながらわざとこういう説明をしていることもあるのかもしれません。自由診療(健康保険を使わない診療のことをこう呼びます。)の方が、病院にとってはメリットが大きいのかもしれませんが、その話は今回は割愛します。

 ちなみに、自由診療だと、治療費は全額自己負担になり、健康保険だと、治療費の3割を自己負担(一定の高齢者だとより低い割合で済むこともあり得ます。)することになります。

 ただ、実際多くの交通事故のケースでは、健康保険を使えるかどうかが問題になることはありませんし、患者もその点を気にすることはありません。なぜなら、加害者が通常契約している任意保険の対人賠償特約の上限金額の枠内(これは無制限という方が多いでしょう。)で、その任意保険会社が病院に対して直接治療費を支払ってくれる形になり、患者自身に請求が行くことはないからです。

 しかし、世の中には任意保険を契約していないで自動車を運転し、結果的に交通事故の加害者になってしまう人もいます。その場合は、任意保険会社が病院に対して直接治療費を支払うという形式には当然なりません。それゆえ、加害者か被害者かのいずれかが、病院の窓口で現実に治療費を支払うことをしなければなりません。この場面になって初めて、健康保険を使った方がいいかどうか、という話になります。つまり、自由診療だと、窓口で請求される金額がけっこう高額になることがあり、たとえ一時的な立て替え払いだとしても、負担がきつくなってしまうからです。その観点では、当然、より低い金額で済む健康保険を使った方が良いでしょう。

 健康保険を使う場合に、必要な手続があります。それは、全国健康保険協会(いわゆる協会けんぽ)又は健康保険組合のどちらかに、「第三者行為による傷病届」を提出することです。この点を忘れずにご注意ください。

 そして、上記のように任意保険契約のない加害者の場合、被害者が被った損害をきちんと賠償してもらえるのか、という問題も考えなければなりません。我が国では、交通事故の被害者救済のための最低限度の仕組みとして、自賠責保険の加入が法令で義務づけられていますので、自賠責保険の定めに基づく保険金の支払いは最低限受けられます。もっとも、この自賠責保険すら加入しないで自動車に乗っている人も0ではないので、その場合の救済はどうやったら受けられるかという話もありますが、それはまた別の機会にいたします。

さて、この自賠責保険では、傷害事故のケースについて保険金支払いの上限は120万円と定められています。

 被害者が健康保険を使って病院で治療を受けて、自己負担分の3割を支払ったとき、この治療費の3割の自己負担分は後日自賠責保険の被害者請求手続によって、120万円の枠内で支払いを受けることができます(ただし、その治療が真に必要かつ相当な治療といえるかどうかは自賠責保険の認定機関による審査があります。)。また、自賠責保険でカバーされる損害は、治療費の他に休業損害や慰謝料等も含まれるので、これらも合わせて最大120万円まで支払いを受けられる可能性があります。

 他方で、健康保険に基づく保険給付を行った全国健康保険協会又は健康保険組合は、その保険給付を行った範囲内で、被害者の有する加害者に対する損害賠償請求権又は自賠責保険会社に対する保険金請求権を代位取得する、即ち被害者に代わって損害賠償又は保険金の支払いを請求することができると、法律で定められています。これは、被害者が健康保険給付も損害賠償(又は自賠責保険金)も二重にもらえる、という形を防止するためです。

 とすれば、被害者が受けた損害の賠償のための自賠責保険に対する請求額と、健康保険の給付を行った者の代位取得に基づく自賠責保険に対する請求額が、足して120万円の範囲を超える場合は、これらの2つの請求額はどのように調整されるのか、という問題が発生します。

 この点について、参考になる最高裁判所の判決があります(平成20年2月19日付け)。この判決は、老人保険法(当時)に基づく医療給付に関する代位請求と、被害者の自賠責保険への請求とをどう調整するかという点につき、「被害者の自賠責保険への請求が優先される」と判断しました。つまり、被害者の方が先に120万円の枠内で支払ってもらえる、という結論です。この判断は、現在健康保険の給付の世界でも取り入れられており、健康保険の給付に基づく代位請求よりも被害者の自賠責保険への請求が優先される、という扱いがされています。

 したがって、加害者の任意保険がないために、その補償を受けられない被害者の方は、まず健康保険を使って自己負担を低く抑え、自ら支払った自己負担分を後で自賠責保険に請求すれば、最大120万円の枠内で還付してもらえます。ただし、120万円を超える治療費が発生していたり、あるいは治療費以外の損害項目(休業損害や慰謝料等)も加味すると120万円を超えている、という場合には、その超過部分を直接加害者に損害賠償請求するほかなく、その加害者に十分な資力があるかどうかによって、被害者の救済が実現されるかどうか、という話になります。

 以上のとおり、加害者の任意保険がないというイレギュラーな事件で、被害者にとってより十分な救済が得られるようにするには、弁護士のサポートを受けることをお勧めします。